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海外資産(銀行・証券・不動産)の相続:プロベートと国際二重課税のリスク

「ハワイの銀行に預金がある」「米国株を現地口座で持っている」。日本の遺産分割協議書が通用しない海外資産。プロベート(検認裁判)の回避策と「遺産放棄」の現実的な判断。

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1. 資産の「国籍」:海外資産相続のメリットとデメリット

「父はハイテク通で、アメリカの証券口座でAppleやAmazonの株を直接持っていたらしい」 「昔ハワイにコンドミニアムを買い、現地の銀行口座にお金を残している」 「香港のHSBCに、バブル時代に作った口座があるはずだ」

これが判明した瞬間、相続手続きの難易度はレベルMAXになります。 日本国内の証券会社(SBI証券、楽天証券、野村證券など)を経由して外国株を保有している場合や、国内銀行(プレスティア等)の「外貨預金」であれば、手続きは国内相続と何ら変わりません。戸籍謄本と印鑑証明書があれば終わります。

しかし、海外の金融機関(HSBC, Firstrade, Interactive Brokers, Bank of Americaなど)に直接口座がある場合、日本の常識、日本の印鑑証明、日本の戸籍謄本は、そのままでは「ただの紙切れ」となります。 なぜなら、海外には「遺産分割協議」という概念がなく、現地の裁判所が介入する厳格な手続きが必要だからです。

[Expert View] 「プロベート(検認)」という巨大な壁

アメリカ(ハワイ州含む)、イギリス、香港、シンガポール、マレーシアなどの英米法(コモン・ロー)諸国には、日本の相続手続きとは全く異なる「プロベート(Probate)」という制度があります。

  • 裁判所の強制介入: 相続人が直接金融機関に連絡して資産を動かすことは一切できません。まず現地の裁判所に対し、「私が正当な遺産管理人(Executor)です」という申し立てを行い、裁判所が時間をかけて審査し、承認(検認)を与えるまで、資産は完全に凍結されます。
  • 現地の弁護士が必須: プロベートは法廷手続きであり、現地の弁護士を雇う必要があります。
  • 費用と時間の爆発:
    • 費用: 弁護士費用だけで最低でも5,000ドル〜1万ドル(約150万円)、複雑な場合は資産の数%が相場です。
    • 時間: 最短でも1年、平均で2〜3年かかります。その間、口座のお金は1円も引き出せません。
  • 「少額」の悲劇: 残高が2万ドル(約300万円)程度の場合、弁護士費用と翻訳・認証コストで資産の半分以上が消える、あるいは「費用倒れ(手取りがマイナス)」になるケースすらあります。

2. 【Case Study】国際相続の「想定外」と「現実的な撤退」

[Case Study 1] 国内支店経由で難を逃れた事例

父が三菱UFJ銀行と、SMBC信託銀行(プレスティア)の口座に計5,000万円相当の米ドルと米国株を管理していた。

  • 結果: 窓口が日本国内にあるため、日本の戸籍謄本と遺産分割協議書だけで手続きが完遂。わずか1ヶ月で相続人自身の口座へ移管が完了した。「窓口が日本語で話せ、日本の法律に従っていること」の圧倒的な優位性を痛感した例です。

[Case Study 2] 現地口座(HSBC香港)で「遺産消失」に直面した事例

父がかつてビジネスで利用していたHSBC香港の口座に、5万ドル(約750万円)が残されていた。

  • 結末: 香港の弁護士に相談したところ、プロベートの手続きに諸経費込みで約300万円かかると言われた。さらに、何度も香港へ渡航する必要(または領事館での手続き)が発生し、大量の英語の公証書類(アポスティーユ)を揃える手間が重くのしかかった。結局、遺族は「手続きのコストとストレスが受取額に見合わない」として、その預金を放置する(事実上の放棄)決断を下した悲劇の例です。銀行にとっては「休眠口座」として収益化されるだけです。

3. 恐怖の「国際二重課税」と税務当局の監視

海外資産がある場合、日本での相続税に加えて、現地の国からも課税される「二重課税」のリスクが発生します。

1. 米国遺産税(Estate Tax)の網

米国企業の株式などを直接保有している場合、非居住者(日本人)の基礎控除額(非課税枠)はわずか「6万ドル(約900万円)」です。 これを超えると、超過分に対して最高40%もの重税が米国で課されます。

  • : ハワイに50万ドルのコンドミニアムと、米国株50万ドルを持っていた場合、合計100万ドル。6万ドルを引いた94万ドルに対して莫大な遺産税がかかります。

2. 租税条約による救済(外国税額控除)

日米間には租税条約があり、米国で払った税金を日本の相続税から差し引く「外国税額控除」が適用できます。 しかし、これを利用するには「米国での納税申告(Form 706-NA)」という、極めて高度な税務申告が必要となります。日本の税理士でも書ける人は一握りです。

3. CRS(共通報告基準)による補足

現在、世界100カ国以上の金融機関が、外国居住者の口座情報をそれぞれの国の税務当局へ自動的に報告・共有しています。 「海外口座だから日本の税務署には把握されない」というのは昭和の時代の幻想です。

  • リスク: 相続税申告書に海外資産を記載し忘れると、数年後に税務署から「お尋ね」が届き、本税+無申告加算税+延滞税のフルセットを請求されます。特にスイス、シンガポール、香港などの主要国はCRSに参加しており、筒抜けです。

4. まだ間に合う!生前の「プロベート回避策」

もし、この記事を読んでいるあなたがまだ「被相続人(親)」の立場、あるいは相続発生直後なら、以下の回避策を確認してください。

回避策①:ジョイント・アカウント(Joint Tenancy with Right of Survivorship)

米国やハワイの銀行口座・不動産で最も有効な手段です。 夫婦などの共同名義にしておき、「生存者取得権(Right of Survivorship)」を付帯させます。

  • 効果: 夫が亡くなった瞬間、その資産は自動的かつ法的に妻(生存者)の単独所有になります。プロベートを経る必要がありません。
  • 注意: 日本の相続税法上は、夫の資金で入れた分については「夫の遺産」として相続税の対象になります(課税からは逃れられませんが、手続きの煩雑さからは逃れられます)。

回避策②:TOD(Transfer on Death)口座

米国証券口座などで設定可能です。「私が死んだら、この口座は〇〇に移転する」とあらかじめ登録しておく制度です。 これもプロベートを回避してスムーズに資産を承継できます。

回避策③:リビング・トラスト(生前信託)

資産を個人名義ではなく「信託(Trust)」名義にしておきます。個人が死亡しても信託は生き続けるため、プロベートは不要です。不動産所有者には必須のテクニックです。


5. プロが教える「海外資産」発見時の3つの緊急アクション

もし故人の身の回りに英語の封筒や、「Foreign Remittance」という記帳を見つけたら、パニックになる前に以下の手順を踏んでください。

アクション①:メールの「英語」検索

Gmail等の検索窓に以下の単語を入れます。どこの国のどの機関に口座があるかが特定できます。

  • Brokerage (証券会社)
  • Statement (取引明細)
  • Tax Form (税金書類)
  • Wire Transfer (海外送金)
  • Dividend (配当)

アクション②:配当金の「入金履歴」の追跡

日本の銀行口座に、定期的に「外貨送金」の入金がないかを探します。入金元の銀行名がわかれば、それが調査の端緒となります。

アクション③:弁護士探しは「現地」ではなく「国内の国際弁護士」

いきなりニューヨークの弁護士に電話しても相手にされません。 日本国内には、「外国法事務弁護士」という資格を持つ、海外法に詳しいプロがいます。まずは国内の「国際相続に強い法律事務所」に相談し、そこから現地のパートナー弁護士を紹介してもらうのが定石です。


6. 【FAQ】海外相続のサバイバル知恵袋

Q. 英語が全くだめですが、Google翻訳で自力で手続きできますか? A. 現地法に準拠するため、非常に困難です。 日常会話ならAI翻訳で何とかなりますが、法的手続きでは「Affidavit(宣誓供述書)」や「Notarization(公証)」などの専門用語が飛び交います。一箇所の記入ミスで書類が却下され、郵送往復で1ヶ月ロスします。数千万円以上の資産なら、プロに依頼しないと終わりません。

Q. ハワイのコンドミニアム、管理費を滞納するとどうなりますか? A. 競売にかけられます(Foreclosure)。 プロベートに手間取っている間に管理費(HOA Fee)が未払いになると、管理組合は法的な担保権を行使して物件を強制的に売却することができます。「手続き中だから待って」は通用しません。現地の管理会社と連絡を取り、とりあえず管理費だけは立て替えて払い続ける必要があります。

Q. 「アポスティーユ」とは何ですか? A. 日本の外務省による「お墨付き」です。 日本の役所が出した戸籍謄本や除籍謄本が「本物である」ことを、海外の役所は確認できません。そこで、日本の外務省が「これは日本の公文書に間違いありません」という付箋(アポスティーユ)を貼ります。 ハー牙条約加盟国(米国、英国、香港等)であれば、これで通用します。非加盟国(中国の一部、ベトナム等)の場合は、さらに現地の大使館での「領事認証」が必要になり、難易度が跳ね上がります。


7. 結論:国境を越える資産は「捨てる勇気」も必要

冷酷な現実ですが、海外資産の相続は、残高が500万円〜1,000万円以上なければ、弁護士費用と手間で「赤字」になる可能性が高いです。

故人が残した夢の跡だとしても、冷静に費用対効果(ROI)を計算してください。 「300万円を取り戻すために、200万円と3年間のストレスを払うか?」 その答えがNoなら、「放置(事実上の放棄)」も立派な戦略です。

目に見える資産、国境を越える資産に決着をつけたら、次は「実体のない、しかし価値の高い資産」へ。 ビットコイン・イーサリアム...暗号資産(仮想通貨)の「秘密鍵」紛失と相続(Article 32) で、デジタルデータの承継に挑みましょう。

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