1. ビットコイン相続の「冷酷な算数」:ボラティリティが税金を凶器に変える
暗号資産(仮想通貨)は、あらゆる金融資産の中で最もボラティリティ(価格変動)が激しい資産です。この特徴は、投資においてはチャンスですが、相続という実務においては、遺族を自己破産に追い込みかねない「重大な経済的リスク」となります。
なぜなら、「死んだ日の値段」がすべてだからです。 相続税の計算上、その後に価格がどうなろうと、税務署は知ったことではありません。
[Expert View] 暗号資産評価における「救済措置」の欠如
通常の上場株式であれば、あまりに高い株価の日に亡くなった遺族を守るため、「死亡日の時価」「当月の平均」「前月の平均」「前々月の平均」のうち、最も有利な(低い)価格を選べる特例(財産評価基本通達)があります。
- 暗号資産の現実: 現在の税法上、この「平均価格」の特例は暗号資産には適用されません。原則として「死亡日の最終価格(取引所の終値)」一択で評価額が決まります。
- ピーク死亡のリスク: ビットコインが歴史的高値(例:1枚1,500万円)を記録したその日に名義人が亡くなると、翌週に大暴落して1枚500万円になったとしても、税務署は「1,500万円の遺産」として相続税を請求してきます。
- 例外: 邦貨換算が困難な場合や、市場価格が存在しない場合(草コイン等)は、売買実例価額や精通者意見価格などを斟酌することもありますが、ビットコインやイーサリアム等の主要通貨では絶対に認められません。
2. 【Case Study】相続税の確定と資産価値の「逆転現象」
[Scenario A] 「即断即決」で1,000万円の納税資金を確保した事例
父が亡くなった日のビットコイン価格は1,000万円。相続人は「価格が下がるのが怖い」と考え、相続手続き前の「保存行為」として、取引所の規定に基づき一時的に日本円へ換金した(※本来は遺産分割前の処分は慎重に行うべきだが、価格変動リスクを回避するための緊急避難措置として実施)。
- 結果: 1,000万円×相続枚数で算出された相続税に対し、確定させた日本円で無事に納税を完了。その後、ビットコインは大暴落したが、納税分を確保していたため生活が脅かされることはなかった。「欲を出さずに納税枠をまず固める」戦略の勝利です。
[Scenario B] 「ガチホ」が招いた、返せない借金(失敗事例)
「父が信じたビットコインだから、値上がりするまで売らずに持ち続けたい」と、相続手続きをゆっくり進めていた。死亡時の時価は1,000万円。
- 結末: 半年後、相続手続きが完了して自分のウォレットに移せた時には、価格は300万円まで暴落。
- 税金: 「時価1,000万円」に対して約300万円(税率30%の場合)が確定。
- 手元: 売却しても300万円にしかならない。
- 悲劇: 売却代金300万円をすべて税金に充ててもまだ足りず、「相続した結果、借金だけが残った」という悪夢が現実になった例です。
3. 相続人の「救い」:取得価額のステップアップ(令和5年度改正)
暗号資産の税制は非常に厳しいものですが、2023年の税制改正(所得税法等)の明確化により、相続人にとって唯一にして最大のメリットが確認されました。 それが「取得価額のステップアップ(洗い替え)」です。
仕組み
- 旧ルール: 故人が買った値段(例:1BTC=1万円)を相続人が引き継ぐ。→ 1,000万円で売ると、999万円の利益に対して雑所得(最大55%)がかかる。
- 新ルール: 「相続開始時の時価(評価額)」が、相続人の新しい取得費になる。
具体的な計算例
- 故人の購入額: 100万円
- 死亡時の時価: 1,000万円
- 相続税: 1,000万円に対して課税される。
- 相続人の売却: 相続手続き直後に1,000万円で売却。
- 売却益: 1,000万円(売値) - 1,000万円(取得費・死亡時価格) = 0円
- 所得税(雑所得): 0円
つまり、相続直後に売却すれば、恐ろしい「雑所得の税金(所得税)」を回避し、「相続税」のみの負担で済ませることができるのです。これが暗号資産相続における唯一の逃げ道です。
4. DeFi(分散型金融)・NFT・ステーキングの闇
取引所にある資産だけでなく、故人が「運用中」だった資産はどうなるでしょうか。ここは税務署も目を光らせている超高難度エリアです。
1. ステーキング報酬の課税
死亡した時点で「未収のステーキング報酬」がある場合、それは相続財産に含まれます。
- 問題点: ロック期間中で引き出せない場合でも、権利として評価され課税されます。「引き出せるまで待って」は通用しません。
2. DeFi(Uniswap, PancakeSwap等)のLPトークン
故人が流動性提供(LP)を行っていた場合、手元にあるのはBTCではなく「LPトークン」です。
- 評価方法: 死亡時点でのプール内の資産構成比率で計算し直す必要があります。通常のレート×枚数では計算できず、非常に高度な計算が求められます。税理士に丸投げしても断られるレベルです。クリプタクト(Cryptact)やGtaxなどのツールでの解析が必須になります。
3. NFT(Art, GameFi)の評価
「絵」としての価値ではなく、「市場価格」で評価します。
- 流動性なし: OpenSeaでフロア価格が1ETH(30万円)であっても、実際に買い手がつかないケースが多いです。しかし税務上は「フロア価格」を参考に評価されるリスクがあります。「売れないのに税金がかかる」という非上場株式と同じ構造リスクがここにもあります。
5. プロが教える「納税破産」回避の3か条
暗号資産を含む相続では、通常の銀行預金とは異なる「防衛策」が必要です。
第1条:死亡日の「レート」を即日キャプチャ
相続税申告には「死亡日の最終価格」の証明必要です。取引所のWebサイトは過去のデータを消すこともあります。
- Action: 主要な取引所(bitFlyer, Coincheck)および、故人が使っていた海外取引所の、死亡日の日足チャート・終値をスクリーンショットで保存してください。
- ※CoinMarketCapなどのアグリゲーターサイトの価格は、税務署に否認される可能性があります(取引所ごとに価格差があるため)。必ず「故人が使っていた取引所」の価格を使ってください。
第2条:所得税の「準確定申告」を忘れない
相続税とは別に、故人が「亡くなるその日までに確定させた利益」に対する所得税の申告(準確定申告)が必要です。
- 期限: 死亡を知った日から4ヶ月以内。
- 注意: 故人が頻繁にトレード(botなど)していた場合、その計算は複雑怪奇です。無理をして自分で計算して間違えると、加算税の対象です。最初から専門家に依頼してください。
第3条:換価分割の検討
相続人が複数いる場合は、ビットコインのまま分けるのではなく、「代表者が一括売却して日本円で分ける(換価分割)」という合意を遺産分割協議書に盛り込んでください。 これにより、「遺産分割中に暴落して、誰が損を被るかで揉める」というリスクを回避できます。
6. 【FAQ】不測の事態に関するサバイバル知恵袋
Q. 市場が休みの土日に亡くなったら、どの価格を使いますか? A. そのまま使います。 暗号資産市場に「土日休み」はありません。24時間365日動いているため、死亡した「その日」の終値(日本時間24:00など、採用する取引所の基準に従う)を用います。
Q. 評価額を下げるために「低い取引所」のレートを使ってもいい? A. 原則NGです。 基本的には「被相続人がメインで利用していた取引所」のレートを使います。もしそれが不明な場合は、代表的な取引所のレートを使いますが、恣意的に最も低い取引所を選んで申告すると、税務署から「合理性がない」として否認され、修正申告を求められるリスクがあります。
Q. 「ハードフォーク(分岐)」や「エアドロップ」で増えたコインは? A. 評価漏れに注意してください。 メインのコインだけでなく、裏で付与されているハードフォークコイン(例:BCH, XYMなど)にも価値がついている場合があります。これを見落とすと「申告漏れ」になります。主要なものは必ずチェックしてください。
7. 結論:暗号資産は「資産」ではなく「リスク」と心得よ
相続税を払うために必要なのは「日本円」です。ビットコインで納税することは(現在の日本では)できません。
「いつかまた上がる」という期待は一旦捨て、まずは相続税額をカバーできる分だけの日本円を、一刻も早く確保(売却・利確)してください。 ボラティリティの波に飲まれ、遺族の生活基盤まで破壊されることだけは避けなければなりません。
国内取引所の戦いが終わったら、次はさらに不透明な「海の向こう」へ。 海外取引所(Binance, Bybit等)の事実上の凍結と交渉(Article 34) で、真のグローバル相続に挑みましょう。