1. 金相続の「不都合な真実」:隠れ資産としてのゴールドの正体
金(ゴールド)は、株や通貨と異なり発行体がなく、世界共通の価値を持つ「究極の実物資産」です。 特に近年の金価格高騰(1g=1万円超え)を受け、親世代が資産防衛として保有しているケースが急増しています。
しかし、相続という実務においては、その「物理的な重さ」と「匿名性の高さ」が原因で、税務署と最もトラブルになりやすい資産でもあります。 「タンスに入れておけば税務署には把握されない」という神話は、マイナンバーと支払調書制度が完備された現代においては完全に崩壊しています。
[Expert View] 「200万円」の壁と税務署の包囲網
貴金属店(田中貴金属、三菱マテリアル、日本マテリアル等)で、一度に「200万円」を超える金を売却した場合、店側は税務署へ強制的に通報します。
- 支払調書制度: 取引店は、顧客の住所・氏名・マイナンバー・取引金額を記載した「金地金等の譲渡の対価の支払調書」を税務署に提出する義務があります。
- 税務署の追跡: 税務署はこのデータを蓄積しており、数年後に相続が発生した際、「この被相続人は3年前に金を500万円買っているが、相続財産に計上されていない」と指摘される可能性が高いです。
- 評価額の基準: 相続税評価額は、被相続人が死亡した日の業者公表の「買取価格(リサイクル価格)」で計算します(※販売価格ではありません)。
2. 【Case Study】「現物」か「現金」か、受け取り方の明暗
[Case Study 1] 「純金積立」をスピーディに現金化
父が田中貴金属で20年にわたり純金積立を行っていた(総量3kg)。相続人は子供3人。代表相続人は「現物を切って分けるわけにはいかない」と判断し、すべての積立分を「相続による解約(換金)」手続きとした。
- 結果: 死亡日の時価ではなく、解約手続き完了日のレートで計算され、約3,000万円が代表相続人の口座に振り込まれた。これを1,000万円ずつ振込で分けることで、1円単位の遺産分割が完了。「物理的な手間を排除し、流動性を取った」賢明な判断でした。
[Case Study 2] 「インゴット」の刻印がなく売却拒否された事例
実家の金庫から、1kgの金の延べ棒(インゴット)が3本見つかった。しかし、表面には見慣れない海外ブランドの刻印があった。
- 結末: 買取店に持ち込んだところ、「日本の公式ブランド(LBMA認定)ではないため、買い取れない」と拒否された。あるいは「分析料として数万円かかる」「X線検査が必要」と言われ、たらい回しに。結局、専門の商社を通して溶解・精錬することになり、手数料で数十万円が消えた上、税務署からは「海外からの持ち込み(密輸)ではないか?」と疑われ、購入証明を求められる事態となった。
3. 手続きの出口戦略:キャッシュアウト vs フィジカルデリバリー
純金積立や地金保管サービス(G&Pプラン等)を利用している場合、相続人は以下の2つの選択を迫られます。
1. 現金による精算(キャッシュアウト)
証券会社や貴金属店で、金を売却して現金で受け取る方法です。
- メリット:
- 遺産分割が容易(1円単位で分割可能)。
- 保管リスク(盗難・紛失)からの解放。
- 売却手数料は相続財産から控除できる(債務控除)。
- デメリット:
- 「売ってしまった」ことになるため、もしその後金価格がさらに高騰しても恩恵を受けられない。
- 売却益が出た場合、準確定申告が必要になる。
2. 現物による引き出し(フィジカルデリバリー)
積立残高を「1kgバー」などの現物に交換して引き出す方法です。
- メリット:
- 「金」として保有し続けられる(インフレヘッジ)。
- 家族の記念品として形に残る。
- デメリット:
- バーチャージ(手数料): 500g未満のバーにする場合、1本につき数千円〜数万円の手数料がかかる。
- 消費税: 引出し時に消費税がかかる場合がある(※保管契約の形態による)。
- 分割困難: 相続人が複数いる場合、「誰が金をもらうか」で揉める原因になる。
4. 売却時の「強力な節税」:長期保有特例の引き継ぎ
相続した金を売却して利益が出た場合、それは「譲渡所得(総合課税)」となります。 ここで重要なのが、「故人の保有期間を引き継げる」という特例です。
譲渡所得の計算式
譲渡所得 = 売却価格 - (取得費 + 譲渡費用) - 特別控除50万円
「短期」と「長期」の分岐点
- 短期譲渡(所有期間5年以内): 上記の所得金額がそのまま課税対象になります。
- 長期譲渡(所有期間5年超): 上記の所得金額の 1/2 だけが課税対象になります。
【ここがポイント】 相続により取得した金は、「被相続人が取得した日」を引き継ぎます。 つまり、父が20年前に買った金であれば、相続直後にあなたが売っても「長期譲渡(5年超)」扱いとなり、税金が半分になるのです。 この特例を使わない手はありません。
5. 密輸金(密輸ゴールド)のリスクと「刻印」の読み方
近年、消費税逃れのための「金の密輸」が横行しており、買取店も税関も目を光らせています。 相続した金が「正規の金」かどうか、以下のポイントでチェックしてください。
① 「公式国際ブランド」の刻印があるか?
インゴットの表面を見てください。以下のマーク(LBMA認定)があれば安心です。
- 田中貴金属工業(TANAKA)
- 三菱マテリアル(MITSUBISHI)
- 徳力本店
- 石福金属興業
- 住友金属鉱山
- 海外大手:CREDIT SUISSE(クレディ・スイス)、JOHNSON MATTHEY(ジョンソン・マッセイ)
② 購入伝票(計算書)はあるか?
刻印があっても、海外で購入してハンドキャリーで持ち帰った金の場合、輸入時の「納税証明書(消費税を払った証明)」がないと、国内で売却する際に買取店から「消費税分(10%)を差し引いて買い取る」と言われることがあります。 店側が「消費税の仕入税額控除」を使えないリスクがあるためです。 遺品整理で出てきたボロボロの紙切れ(計算書)一枚が、売却額を10%変える可能性があります。絶対に捨てないでください。
6. クルーガーランド金貨・メイプルリーフ金貨の落とし穴
インゴット(延べ棒)以外にも、コイン(金貨)として保有しているケースがあります。
プレミアム(上乗せ価値)の消失
金貨は、金の地金価格に「鋳造コスト」や「デザイン料」が上乗せ(プレミアム)されて販売されています。 しかし、傷がついたり変形したりすると、このプレミアム価値が消滅し、単なる「金の重さ(地金価格)」として買い叩かれることがあります。
- 対策: 専用のクリアケースやペンダント枠に入っている場合は、絶対に出さないでください。指紋がついただけでも価値が下がるのがコインの世界です。
7. 【FAQ】貴金属相続のサバイバル知恵袋
Q. 故人の「金歯」が大量に出てきました。売れますか? A. 売れますが、分析料がかかります。 金歯や金縁メガネも立派な金製品(K18やK14が多い)です。ただし、歯や樹脂がついている場合、それらを取り除く手数料や、金の純度を測る分析手数料が引かれます。専門の買取店(リファスタ、ネットオフなど)なら宅配買取も可能です。相続財産への計上漏れに注意してください。
Q. 取得費(買った値段)がどうしても分かりません。 A. 「売った金額の5%」を取得費とみなします(概算取得費)。 例えば1,000万円で売れた場合、50万円で買ったことにされます。つまり利益が950万円となり、税金が高くなります。当時の手帳、日記、銀行の出金履歴(「タナカキキンゾク 500,000」などの印字)など、状況証拠となるものを徹底的に探してください。
Q. 仏壇にある「金のオリン」は非課税ですか? A. 原則は非課税(祭祀財産)ですが、純金製は危ないです。 仏像や仏具は「祭祀財産」として相続税の非課税枠に入ります。しかし、税務署は「純金のオリン(数百万円)」や「純金の仏像」について、「祭祀用というよりは投資用資産(純金積立の代わり)」とみなして課税対象にする傾向が強まっています。「日常的に礼拝に使っていた」という事実証明が必要です。
8. 結論:黄金の輝きは「書類」で守る
金は、その輝きゆえに人を魅了しますが、相続においては「書類(購入履歴・鑑定書)」こそが真の価値を守ります。
現物が見つかったら、まずは触らず(指紋厳禁)、刻印を確認し、箱の底にある紙切れを探すこと。 そして、売却するなら「相続開始後3年10ヶ月以内」に行えば、相続税を取得費に加算できる特例(取得費加算の特例)も使えます。
物理的な重さを手際よく処理したら、次は実体のない「デジタル空間」の遺産へ。 Google・Apple・Facebookのアカウント死後対応と、パスワード不明時の救済措置(Article 42) で、現代必須のデジタル終活をマスターしましょう。