ただの「残高」では相続税申告はできない
「通帳のコピーがあればいいと思っていました」 これは、相続手続きを甘く見ていた遺族が、税理士に叱られる定番のセリフです。
相続手続き、特に相続税の申告において、銀行が発行する**「残高証明書(ざんだかしょうめいしょ)」は、パスポートと同じくらい重要な公式書類です。 しかし、ただ漫然と「残高証明書をください」と言うだけでは、不完全な書類しか手に入りません。 相続税の申告には、通帳の数字(元本)だけでなく、裏に隠れた「利息」や、株式の「評価額」**が必要だからです。
本記事では、一回の請求で完璧な書類を手に入れるための、プロ仕様の請求テクニックを徹底解説します。
1. 取得すべき3つの重要データ
銀行の窓口で依頼する際、以下の3点セットを必ず指定してください。
① 死亡日時点の「既経過利息」
定期預金には、前回の利払い日から死亡日までの間に、日割りで利息が溜まっています。 これを「既経過利息(きけいかりそく)」と呼びます。
- なぜ必要か: この利息も立派な「相続財産」です。例えば、1,000万円の定期預金を3年間放置していれば、数千円〜数万円の利息が発生しています。これを申告し忘れると、税務署から「過少申告」と指摘されます。
- 依頼方法: 依頼書の「経過利息の計算」欄に必ずチェックを入れてください。
② 全店照会(名寄せ)
故人が、あなたの知らない支店に「へそくり口座」を持っている可能性があります。
- 名寄せとは: その銀行の全支店のデータから、故人の名前と生年月日で検索をかけ、全ての口座(普通・定期・外貨・投資信託)を洗い出す作業です。
- 効果: これを行えば、万が一後から別の通帳が出てきても、新たな残高証明書を取り直す必要がありません。
③ 投資信託・国債の「評価証明書」
銀行や証券会社で投資信託を持っている場合、単なる「残高(口数)」ではなく、相続発生日の「時価(基準価額)」が証明されなければなりません。
- 依頼方法: 「残高証明書」とは別に、「評価証明書(受入証拠金証明書)」の発行も依頼してください。これにより、相続税評価額の計算根拠となる「4本値(終値、月平均など)」を入手できます。
2. 請求手続の具体的なステップ
ステップ1:必要書類の準備
銀行は「本当に相続人か?」を厳格に審査します。
- 被相続人の除籍謄本: 死亡の事実が記載されているもの。
- 相続人の戸籍謄本: 請求者が相続人であることがわかるもの。
- 請求者の実印と印鑑証明書: 発行後6ヶ月以内のもの。
- 本人確認書類: 免許証やマイナンバーカード。
- 通帳・キャッシュカード: 手元にある分だけでOK。
ステップ2:来店予約
大手銀行(三菱UFJ、三井住友、みずほ等)は、原則として「完全予約制」です。 いきなり行っても、「本日の枠はいっぱいです」と門前払いされるか、2時間以上待たされます。 Webまたは電話で、「相続による残高証明書の発行」と伝えて予約を取りましょう。
ステップ3:依頼書の記入(ここが勝負)
- 基準日: 必ず「被相続人の死亡日」を指定します。発行日(今日)ではありません。
- 送付先: 原則として、請求者(あなた)の自宅へ郵送されます。
- 発行日数: センター集中手数料のため、依頼から到着まで1週間〜2週間かかります。即日発行はできません(ゆうちょ銀行を除く)。
3. 手数料の相場と節約術
銀行の手数料は決して安くありません。
| 銀行 | 手数料(1通) | 経過利息計算 | 備考 |
|---|---|---|---|
| 都市銀行 | 880円〜1,100円 | 無料〜別途 | 支店ごとに課金される場合と、全店一括の場合があります。 |
| ゆうちょ銀行 | 1,100円 | 無料 | 「現存照会」だけなら無料の場合も。 |
| 信託銀行 | 2,200円〜 | 有料 | 信託商品は計算が複雑なため高額になりがちです。 |
| ネット銀行 | 0円〜500円 | - | PDFダウンロードなら無料のところが増えています。 |
💡 節約のポイント:ゆうちょ銀行の「現存照会」
ゆうちょ銀行には、「口座があるかどうかだけ」を調べる「貯金等の現存照会」という制度があります。 これは手数料が無料(または数百円)で済みます。 「おばあちゃん、郵便局に口座持ってたかな?」と不確かな場合は、いきなり1,100円払って証明書を請求するのではなく、まず現存照会をかけるのが賢いやり方です。
4. 特殊なケース:英文残高証明書と海外送金
英文残高証明書が必要な場合
相続とは少しズレますが、海外の金融機関に送金する場合や、遺族が海外ビザを申請する場合に、「英文(English)」での証明書を求められることがあります。
- 対応: ほとんどのメガバンクで発行可能です。
- 注意点: 日本語版より発行に時間がかかります(プラス1週間程度)。また、通貨単位(JPY/USD)の表記ルールを確認しておきましょう。
貸金庫の有無
残高証明書依頼書のオプション欄に、「貸金庫利用の有無」というチェックボックスがあります。 ここにチェックを入れるだけで、追加手数料なしで貸金庫の調査ができます。鍵が見つかっていなくても、契約があるかどうかだけは確認できるので、必ずチェックを入れてください。
5. 【FAQ】現場で困らないためのQ&A
Q. 相続人の一人が勝手に請求してもいいですか? A. はい、可能です。 最高裁判例により、各共同相続人は単独で残高証明書を請求する権利を持つとされています。他の相続人の同意書や実印は不要です。あなたが代表して取得し、コピーを他の相続人に配れば、透明性が高まり感謝されます。
Q. 通帳の残高と、証明書の残高が合わないのですが... A. よくあります。 原因の多くは、未記帳の「公共料金の引き落とし」や「年金の入金」です。死亡日までの間に自動振替が行われていると、手元の通帳(最終記帳日が数ヶ月前)とズレが生じます。証明書の数字が「正」です。
Q. 残高証明書を取ると、口座は凍結されますか? A. はい、即座に凍結されます。 銀行は死亡の事実を知った瞬間に口座をロックします。公共料金の引き落としもストップするので、電気・ガス・水道の名義変更や支払い方法の変更を急いでください。
6. まとめ:完璧な資料が身を守る
残高証明書は、単なる数字の羅列ではありません。 それは、あなたが故人の財産を「隠さずに、誠実に調査した」という証拠です。 税務調査が入った時、手元に銀行印の押された分厚い証明書があれば、調査官や他の相続人に対して堂々と説明責任を果たすことができます。
正確な残高が判明したら、次はそのお金が「いつ、どこへ消えたのか」を検証します。 不正引き出しの温床となる 取引履歴(ステートメント)の解析手法(Article 08) へ進みましょう。