誰もやりたがらない「貧乏くじ」なのか?
相続が発生すると、役所・銀行・証券会社・法務局と、平日昼間に駆け回らなければならない場所が山ほどあります。 「俺は仕事があるから無理」「私は遠方だから無理」 消去法で、あるいは「長男だから」という理由で、あなたが「代表相続人(代表者)」に指名されるかもしれません。
しかし、この役割を甘く見てはいけません。 代表者には、「全員の財産を預かる」という重圧と、「事務ミスをしたら訴えられる」という法的リスクがのしかかるからです。
本記事では、代表者が背負う責任の重さと、自分を守るための防衛策を解説します。
1. 代表相続人の法的リスクTOP3
法律上、「代表相続人」という役職は存在しません。あくまで「共同相続人の代理人」として振る舞うだけです。 そこには以下のリスクがあります。
Risk 1:使い込みの「冤罪(えんざい)」
代表受取(代表者の口座に一旦全額振り込む方式)を選んだ場合、一時的にあなたの通帳残高が数千万円増えます。 これをすぐに分配すればいいのですが、仕事が忙しくて1ヶ月放置したり、計算書を作らずに「だいたいこれくらい」で渡したりすると、「差額をポケットに入れたんじゃないか?」と疑われます。 一度失った信用を取り戻すのは極めて困難です。
Risk 2:税務調査の「矢面(やおもて)」
税務署からの電話は、基本的に代表者にかかってきます。 「お父様の生前のこの出金は何ですか?」と聞かれた時、あなたが知らなくても、代表者として釈明する責任を負わされます。
Risk 3:債務の「督促先」
借金(マイナスの財産)は、基本的には法定相続分に応じて各人が負担しますが、債権者(貸金業者)は「連絡がつきやすい代表者」に督促の電話をかけてくる傾向があります。 「私が借りたんじゃない!」と言っても、窓口対応のストレスは半端ではありません。
2. 銀行手続きの実務:相続届(依頼書)の書き方
銀行窓口でのメインイベントは、「相続手続依頼書(銀行によって名称は相続届、解約等の依頼書)」の提出です。
必須項目の記入
- 被相続人情報: 氏名、死亡日、住所。
- 請求内容: 「全額解約(払い戻し)」か「名義変更」か。
- 定期預金の場合、利率が良い昔のものは解約せずに名義変更した方が得な場合もありますが、実務上は計算が面倒なので99%が「解約」を選びます。
- 受取方法(最重要):
- 代表受取: 代表者の口座に一括振込。
- 個別受取: 相続人Aに1/2、Bに1/4...と銀行が計算して振り分ける。
- 推奨: 手数料はかかりますが、絶対に「個別受取」を選ぶべきです。銀行が計算・送金してくれるため、Risk 1(使い込み疑惑)を完全に回避できます。
署名捺印のルール
相続人全員の「署名」と「実印」が必要です。
- 郵送リレー: 用紙を郵送で回し、実印を押してもらいます。この時、「捨印(すていん)」を欄外に求めておくと、多少の誤字脱字を代表者が訂正できるので便利です。
3. 「手間賃(報酬)」はもらえるのか?
数ヶ月かけて銀行を回り、戸籍を集め、コピーを取り...。 この膨大な労働に対して、報酬をもらう権利はあるのでしょうか?
法律の壁:原則無報酬
民法上、委任契約における報酬は「特約」がない限り請求できません。 つまり、黙ってやっているだけではタダ働きです。
防衛策:遺産分割協議書への明記
報酬をもらいたいなら、遺産分割協議書の中に以下の条項を盛り込み、全員の合意を得る必要があります。
第○条(相続手続費用および報酬)
- 相続手続きに要した実費(交通費、手数料等)は、相続財産から支出する。
- 相続人〇〇は、遺産整理業務の対価として、金〇〇万円を取得する。
相場としては、遺産総額の1%〜2%、あるいは一律10万円〜30万円程度が妥当です(信託銀行に頼むと最低100万円〜取られることを考えれば激安です)。
4. 成年後見人がいる場合の代表者
相続人の中に認知症の方がいて、成年後見人(弁護士等)がついている場合、その弁護士が実質的な代表者の役割を果たすことが多いです。
- 注意点: 弁護士は「被後見人の利益」を最優先します。「法定相続分きっちり」を要求してくるため、これまでの家族の事情(長男が多くもらう等)は一切通用しなくなります。
5. まとめ:透明性と記録があなたを守る
代表者をやるなら、以下の3つのルールを徹底してください。
- 専用口座を作る: 生活費口座と混ぜない。
- 即日報告: 何か動きがあったら、その日のうちにLINEグループ等で全員に報告する。
- 個別振込: 可能な限り銀行に振込作業を代行させる。
「信頼されているから任された」のではありません。「面倒だから押し付けられた」場合がほとんどです。 だからこそ、ビジネスライクに徹し、完璧な仕事で身を守りましょう。
代表者の仕事の集大成は、遺産分割協議書の作成です。 銀行が一発で受理する完璧な協議書の書き方を、 遺産分割協議書の条項テンプレート(Article 10) で学びましょう。