紙一枚に、家族の未来がかかっている
遺産分割協議書。 それは、相続人全員が実印を押し、印鑑証明書を添付することで完成する、相続手続きのゴールにして最強の法的文書です。
しかし、苦労して作った協議書を銀行に持っていったら、 「この書き方だと、当行の内規では手続きできません」 と突き返される悲劇が後を絶ちません。 また、曖昧な書き方をしたせいで、数年後に「あの時の約束と違う!」と裁判沙汰になることもあります。
本記事では、銀行審査をパスし、かつ将来の紛争も封じ込める、プロ仕様の遺産分割協議書作成術を公開します。
1. 銀行審査の「3つのNGパターン」
銀行員はここを見て「不可」を出します。
NG①:財産の特定が曖昧(Specific)
× 「A銀行の預金を長男が相続する」 どの支店?普通口座?定期口座?口座番号は? 銀行には何百万もの口座があります。特定できない命令には従えません。 ○ 「株式会社A銀行 ××支店 普通預金 口座番号1234567」
NG②:端数処理が決まっていない(Calculation)
× 「兄弟3人で3等分する」 残高が1,000,001円だった場合、1円余ります。この1円を誰がもらうのか決まっていないと、銀行は振込処理をストップします。 ○ 「1/3ずつ取得し、分割できない端数は長男が取得する」
NG③:事後的発見の財産について触れていない(Comprehensive)
× (記載なし) もし後から定期預金の証書が見つかったら?また全員集めて実印を押しますか? ○ (包括条項を入れる)
2. 資産別「鉄壁の条項」テンプレート
そのまま使えるプロの条文案です。
【預貯金の条項】
第○条(預貯金) 相続人Aは、被相続人名義の下記預貯金(本件預貯金から生じる利息、配当金を含む)を取得する。
- 株式会社三井住友銀行 日比谷支店 普通預金 口座番号1234567
- 株式会社ゆうちょ銀行 通常貯金 記号12345 番号12345678
- Point: 「利息を含む」と書くのがミソです。これを忘れると、既経過利息の受け取りで揉めます。
【不動産の条項】
第○条(不動産) 相続人Bは、下記の不動産を取得する。 【土地】 所 在:東京都千代田区霞が関一丁目 地 番:1番1 地 目:宅地 地 積:100.00平方メートル
- Point: 必ず「全部事項証明書(登記簿)」を見ながら書いてください。住所(住居表示)を書くと法務局で100%却下されます。
【株式・投資信託の条項】
第○条(有価証券) 相続人Cは、被相続人が野村證券株式会社〇〇支店に有する全ての預託資産(株式、投資信託、MRF、お預り金等を含む一切)を取得する。
- Point: 銘柄ごと(トヨタ自動車〇〇株、等)に書くと書き漏らしリスクがあるため、「支店にあるもの全て」という包括的な書き方が安全です。
【負債(借金)の条項】
第○条(債務の承継) 相続人Aは、被相続人の有する一切の債務(借入金、未払金、公租公課を含む)を承継し、自己の責任と負担においてこれを弁済する。
- 注意: 銀行(債権者)に対しては、この合意は対抗できませんが、内部的な負担割合を決めるために重要です。
3. 紛争を防ぐ「魔法の条項(包括条項)」
これが最強の防衛策です。協議書の最後に必ず入れてください。
第○条(その他の財産) 本協議書に記載のない遺産、および後日判明した遺産については、相続人Aがこれを取得する。
これがあれば、タンス預金が出てきても、通知されていない休眠口座が出てきても、Aさん一人のハンコで処理できます。 「再度協議する」と書くと、また判子集めラリーが始まります。絶対に書かないでください。
4. 公正証書にするべきか?
遺産分割協議書は、自分たちで作った私文書で十分ですが、場合によっては公証役場で作る「公正証書」にした方が良いケースがあります。
公正証書にするメリット
- 改ざん防止・紛失防止: 原本が公証役場に保存されるため、安全です。
- 証拠能力: プロである公証人が作成するため、後から「認知症だったから無効だ」とか「無理やり押印させられた」という主張を封じ込めることができます。
- 強制執行: (金銭消費貸借等の場合)支払いが滞った時に裁判なしで差し押さえができます。
費用と手間
数万円の手数料と、公証役場への出頭(または代理人手配)が必要です。揉めそうな気配がある場合や、金額が億単位の場合は検討に値します。
5. まとめ:形式美こそが正義
遺産分割協議書において、オリジナリティは不要です。 求められるのは、銀行員や登記官が読んだ時に「いつもの型通りですね」と安心する「定型的な完璧さ」です。
一字一句、間違いのない書類を作り上げてください。 この紙切れ一枚が、あなたの家族の資産を守る最後の砦となります。
協議書が完成したら、次は端数処理や小銭の分配です。 意外と面倒な 少額預金の仮払いと端数処理(Article 11) でも、手続きの細部を確認しておきましょう。