相続手続きの最難関「戸籍の壁」を超える
銀行の窓口で「亡くなった方の、生まれてから亡くなるまでの連続した戸籍を持ってきてください」と言われ、意味がわからず途方に暮れる遺族は後を絶ちません。
「今の戸籍は見せたのに、なぜ認められないのか?」 「おじいちゃんの戸籍なんて、どこにあるかわからない」
この壁を突破しなければ、預金の解約も不動産の名義変更も、何一つ進めることができません。 本記事では、司法書士などの専門家が実践している「戸籍を遡る(さかのぼる)技術」を、一般の方にも実戦可能なレベルで解説します。
1. なぜ「全期間」の戸籍が必要なのか:銀行の論理
私たちの戸籍は、一生のうちに何度も新しく作り変えられます。これを「編製」といいます。 しかし、新しく作り変えられる際、「過去の情報」の多くは削除され、引き継がれません。
「消えた兄弟」を探せ
例えば、前妻との間に子供がいて、離婚時にその子供が母方の戸籍に入った(除籍された)とします。 その後、本人が再婚して新しい戸籍を作ると、その新しい戸籍には「前妻の子」の名前は一切載りません。
- 今の戸籍だけ見た場合: 「子供は今の妻との間の2人だけ」に見えます。
- 全期間の戸籍を見た場合: 「実は30年前に、もう一人子供がいた」という事実が浮かび上がります。
銀行は、「隠れた相続人」に後から訴えられるリスクを避けるため、この空白期間を完全に埋めることを要求するのです。
2. 戸籍の3種類と歴史的変遷
「戸籍」と一口に言っても、時代によって呼び方と役割が変わります。以下の3つを理解してください。
① 戸籍謄本(全部事項証明書)
- これ何?: 現在、役所に登録されている最新のものです。
- 特徴: 横書きで、コンピュータ化されています。見やすく、現代の家族構成がわかります。
② 除籍謄本(じょせきとうほん)
- これ何?: 結婚や死亡、転籍によって、その戸籍にいた全員がいなくなった(抜けた)状態の戸籍です。
- 特徴: 「抜け殻」となった記録です。以前の本籍地の役所に保存されています。
③ 改製原戸籍(かいせいはらこせき)
- これ何?: 法律が変わって戸籍の様式が変更された際、「書き換えられる前の、元の古い戸籍」です。通称「ハラコ(原戸籍)」。
- 特徴:
- 平成改製原戸籍: 平成6年以降のコンピュータ化前のもの。
- 昭和改製原戸籍: 昭和32年の法改正前のもの。ここからは「手書き・縦書き」の世界になります。
- 重要性: コンピュータ化された際に切り捨てられた情報(離婚歴や離縁した養子、死亡した子供など)は、このハラコにしか載っていません。相続手続きの最重要書類です。
3. 【実践】戸籍を「遡る」具体的な手順
タイムマシンのように、現在から過去へと遡っていきます。
Step 1: 死亡時の本籍地で「全て」請求する
まず、死亡届を出した際にわかった「最後の本籍地」の役所へ行きます。 この時、「相続手続き用です。この役所にある分、全て出してください」と伝えます。 すると、以下のものが手に入ります。
- 現在の戸籍(死亡の記載あり)
- (もしあれば)その役所で作られた改製原戸籍
Step 2: 「従前戸籍」欄を読む
取得した戸籍の「本籍」欄の近くに、「【従前戸籍】〇〇県〇〇市...から入籍」といった記述があります。これが一つ前の本籍地です。 また、「編製日(戸籍が作られた日)」を確認します。これが例えば「平成20年」であれば、本人が生まれた昭和・大正時代まではまだまだ届きません。
Step 3: 前の役所へ郵送請求する
「従前戸籍」の場所が遠方であれば、郵送請求を行います。 ドキュメントチェックリスト(Article 04) で解説した通り、定額小為替を同封して送ります。
Step 4: Step 2〜3を繰り返す
古い戸籍を取り寄せ、その中の「従前戸籍」を見て、さらに前の役所へ...。 これを繰り返し、「出生」という文字が出てくるまで、あるいは親の戸籍から分家した事実が出てくるまで続けます。 明治・大正生まれの方だと、平均して3〜5通、転籍が多い方だと10通以上になることもあります。
4. プロの関門:明治・大正戸籍(旧字体)の読み解き方
昭和改製原戸籍より前(明治・大正)の戸籍は、難易度が跳ね上がります。
① 手書き文字の解読
毛筆で書かれた崩し字(変体仮名)は、慣れていないと判読不能です。
- コツ: 役所の人に聞くのが一番早いです。発行してもらう際に「この前の本籍地はどこですか?」と聞いてメモを取っておきましょう。
② 家督相続(かとくそうぞく)
昭和22年(1947年)の民法改正前は、「家」を長男が継ぐ「家督相続」制度でした。
- ポイント: 「戸主(こしゅ)」という絶対的な権限者が記載されています。現在の「筆頭者」とは意味合いが異なり、家族全員が戸主の統率下にあります。「隠居」や「分家」といった独特の身分変動があり、これらも出生まで遡るルートのヒントになります。
③ 数字の表記
日付や番地には、「壱(1)、弐(2)、参(3)」や「廿(20)」といった大字(だいじ)が使われています。
- 例: 「壱拾五番地」=15番地
5. 2024年開始「広域交付制度」の光と影
2024年3月から、本籍地以外の役所でも戸籍が取れる「広域交付」が始まりました。これにより相続手続きは劇的に楽になる...はずでしたが、現場では混乱も起きています。
メリット:ワンストップ取得
最寄りの役所に一度行けば、全国の本籍地の戸籍(コンピュータ化されているもの)を一括で請求できます。 これにより、Step 3の「郵送請求」の手間が大幅に削減されます。
実務上の限界(まだ万能ではない)
- 古い戸籍が出ない: コンピュータ化されていない一部の古い改製原戸籍は、対象外です。結局、そこだけは郵送請求が必要です。
- 待ち時間が長い: 全国サーバーへの照会に時間がかかり、窓口で1〜2時間待つのはザラです。自治体によっては「後日交付」となることもあります。
- 兄弟の戸籍は取れない: 自分が請求できるのは「直系(親・子・祖父母)」のみです。叔父・叔母の相続(兄弟姉妹相続)の場合、この制度は使えません。
結論:戸籍集めは「ルーツ」を辿る旅
大変な作業ですが、古い戸籍にはご先祖様の名前や、実家が元々どこにあったかなど、家族の歴史が刻まれています。 「ルーツを知る旅」だと思って、少しだけ前向きに取り組んでみてください。
しかし、もし「転籍が10回以上ある」「明治時代の文字がどうしても読めない」という場合は、無理せず司法書士に依頼するのも賢い選択です。時は金なりです。
戸籍が揃ったら、次はいよいよ資産の全体像把握、特に「隠れた借金」がないかの調査へと進みます。 借金の調査方法:信用情報開示(Article 15) へ。