「お金」ではなく「リスク」を引き継ぐ覚悟
銀行預金の相続は「100万円は100万円」ですが、投資信託や株式の相続はそうはいきません。 今日100万円の価値がある株が、手続きが終わる1ヶ月後には80万円になっているかもしれないし、120万円になっているかもしれません。
この「価格変動リスク」が、相続手続きにおいて親族間のトラブルを生む最大の火種となります。 「兄さんが手続きをサボったせいで損をした!」「なぜあの高い時に売らなかったんだ!」
本記事では、投資資産(リスク資産)を円満かつ損せずに引き継ぐための、実務的な手順と判断基準を解説します。
1. 2つのゴール:「現物移管」か「換価(売却)」か
投資資産の手続きには、大きく分けて2つの出口があります。早い段階で方針を決めないと、相場の波に翻弄されます。
方法A:現物移管(そのまま引き継ぐ)
故人が持っていた株や投資信託を、売らずにそのまま相続人の証券口座へ移す方法です。
- メリット: 相場が悪い(暴落している)時に無理に売らなくて済みます。将来の値上がりを期待できます。
- デメリット: 相続人も証券口座を開設しなければなりません。しかも原則として「故人と同じ証券会社」に口座を作る必要があります(移管手数料を節約するため)。
- 向いている人: 投資経験がある人、長期保有目的の人。
方法B:換価・代償分割(売ってお金で分ける)
代表者が一旦相続し、すぐに全額売却して現金化し、その現金を相続人で分ける方法です。
- メリット: 現金になるので、1円単位できれいに分けられます。株に興味がない相続人には最適です。
- デメリット: 売却のタイミング(いつ注文を出すか)の責任を代表者が負います。売却手数料や税金(譲渡益税)がかかります。
- 向いている人: 投資に興味がない人、遺産を公平に分けたい人。
2. NISA(非課税口座)の「死後の運命」
故人が「NISA(少額投資非課税制度)」や「つみたてNISA」で運用していた場合、多くの遺族が誤解している残酷なルールがあります。
🚨 NISAの非課税権は「死亡と同時に消滅」する
NISAの非課税メリットは、あくまで「その人が生きている間」の一身専属権です。 遺族がNISA口座をそのまま引き継ぐことはできません。
課税口座(特定口座)への移管
資産は、相続人の「特定口座(または一般口座)」という課税口座に移されます。 相続人のNISA口座に移すこともできません(年間投資枠の消費ルール等があるため、直接移管は不可。一旦受け取って売却し、自分で買い直す必要があります)。
取得費の特例(メリット)
唯一の救いは、相続人が取得する際の「取得価格」が、「死亡日の時価」にリセットされる点です。
- 例: 父が100万で買い、死亡時に300万に値上がりしていた株。
- 相続人は「300万で買った」ことになります。父の含み益200万に対する税金はチャラになります。その後、310万で売れば、利益10万に対してのみ課税されます。
3. 相続税評価額の「4つの基準」
「株価は毎日動くのに、いつの価格で相続税を計算するの?」 国税庁は、納税者に不利にならないよう、以下の4つの価格のうち「最も低い(安い)価格」を選んでよいというルールを設けています(上場株式の場合)。
- 課税時期(死亡日)の終値
- 死亡した月の月平均額
- 死亡した前月の月平均額
- 死亡した前々月の月平均額
これにより、たまたま死亡日に株価が暴騰していても、平準化された平均額を使えるため、税負担が急増するリスクが抑えられています。
4. プロの遺産分割協議書作成テクニック
リスク資産を協議書に記載する際は、後で揉めないための「防衛的な書き方」が必要です。
① 端数株(単元未満株)まで漏らさない書き方
「A証券会社の以下の株式」と銘柄を列挙すると、書き漏れがあった時に再作成になります。
「被相続人名義の〇〇証券に預託されている一切の資産(株式、投資信託、MRF、預かり金等を含むがこれらに限られない)」 と包括的に記載するのがプロの技です。
② 売却換価の場合の免責条項
代表者が売却する場合、以下の文言を入れておくと、売却後の値動きに対するクレームを防げます。
「代表相続人〇〇は、本手続き完了後、速やかに市場価格にて売却を行うものとし、売却時期や価格について他の相続人は異議を申し立てないものとする。」
5. 相続人が誰も投資経験がない場合のアドバイス
「株なんて怖い」「どうしていいかわからない」 そう思う場合は、迷わず「即時売却(全部解約)」をお勧めします。 銀行や証券会社に「相続手続きが完了したら、全て売却して口座に現金を振り込んでください」と依頼することができます(売却注文の代行)。
持ち続けてストレスを感じるより、現金化して定期預金に入れた方が、精神衛生上も遺産分割の明快さの点でも優れています。
6. まとめ:相場は待ってくれない
投資資産の相続は、スピード勝負です。 放置している間にリーマンショック級の暴落が来ない保証はどこにもありません。 必要な書類(戸籍など)は通常の預金相続と同じです。ドキュメントチェックリスト(Article 04) を確認し、速やかに手続きを開始してください。
次は、誰もが最も恐れる「借金の相続」です。 プラスの財産だけでなく、マイナスの財産をどう調査し、回避するか。借金・ローンの調査と相続放棄(Article 15) へ進みましょう。